ストックオプション税制の激震(信託型SOの給与課税と税制適格SOの行使価格計算の明確化)
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広範に採用された信託型ストックオプション(信託型SO)に対する給与課税
5月29日に、「国税庁と経済産業省によるスタ-トアップの経営者や支援者のためのストックオプション税制説明会」(下記財産評価基本通達による株価算定ルール及び計算例1,計算例2等が公表)が開催され、5月30日に所基通23~35共-9及び措通29の2-1の通達改正のパブコメが公示され、同日国税庁に「ストックオプションに対する課税(Q&A)が公表された。
「租税特別措置法に係る所得税の取扱いについて」(法令解釈通達)等の一部改正(案)に対する意見公募手続の実施について|e-Govパブリック・コメント
https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/230428/index.htm
これらの背景には、信託型ストックオプションについて、すでにかなりの導入企業がある。(約800社が導入、内上場企業約100社(対象人数約
7000人、未上場企業約700社対象人数約4万3000人。(日本経済新聞2023/5/30による)
以上は日経新聞の集計であり、国税庁で把握されている、上場後の信託型SOで行使された会社、行使して上場株式を取得した社員数はもっと少ないようだ。毎日新聞2023/6/1によれば、「国税庁のアンケ-ト調査では、信託型SOを信託会社に委託している291社のうち、SOを行使したのは3社にとどまり、影響は軽微とみられる。」
信託型ストックオプションを提案した企業側の認識として、当初の法人課税信託が取得した新株予約権が適正な時価発行であり、株式取得の権利行使時において譲渡所得である(国税庁Q&A問2「税制非適格ストックオプション(有償型)」該当)と認識されていたようだが、国税庁からは、事実認定として問2に該当せず、問3「税制非適格ストックオプション(信託型)」に該当し、本件の法人課税信託からの新株予約権の取得は、所令第84条第3項第2号に該当する社員等にとっては無償取得であり、株式取得の権利行使時においては、その時価が所得税法第36条の給与所得の収入金額であり、信託型スキ-ムの設定時における法人課税信託の新株予約権購入金額と上記対象者のストックオプション行使時の払込金額は容認され、行使時の上場株式時価(上場後行使は、行使日終値、上場前は所基通23~35共-9による価額)との差額が給与所得とされ、当該企業にとっては源泉所得税の納付があり、当該個人にとって確定申告の修正申告又は期限後申告の問題が残された。(いずれも5年の時効がある)
特に上場後権利行使した場合、給与所得が高額となる場合があり、さらに譲渡の機会をえず、継続保有している場合で株価が下落している場合は相当困難な事情がある。)
問題はこれだけ大きな事案となったにも関わらず、これを企画した企業側が、正式な照会(文書照会)を国税庁にせずに、商品販売をしたことにあり、実際に上場して権利行使が近くなった企業が国税庁に照会して今回の問題の発覚になったようだ。しかしこれを契機に税制適格ストックオプションの使い勝手がよくなった。
2.措置法通達改正パブコメが公表
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=410050035&Mode=0
ここで措置法29条の2関連の、ストックオプションの権利行使価額をきめる新旧対照表が公表されると同時に、純資産価額計算と残余財産優先種類株式がある場合の純資産価額計算図も公表された。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000254092
計算図
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000254093
この計算図は、VCが有する残余財産優先株式がある場合の純資産価額計算としては画期的なもので、今後の通達公表が期待される。
3.税制適格ストックオプションについて権利行使払込額の簡素化(日本版米国409Aの採用)
なお合わせて、税制適格ストックオプションの使い勝手を向上させるために、今回の通達改正のパブコメが公表された。
ここで明らかにされたのは、第1に「いわゆる「有償ストックオプション」=問2とされるものは、時価=所基通23~35-共-9の価額として適正に計算された場合について適用される。この価額が適正でない場合は、税制非適格ストックオプション(問1)となる。
今回の信託型ストックオプションは、スキ-ム開始時の法人課税信託の新株予約権の購入価額が当事者としては時価であると認識されているようだが、これは個別事例として、結果として判断されることで、この入口の時価と称されたものが時価ではないと判断されたから、税制非適格オプションの取扱いとなった。
つまり、ストックオプションには、(1)税制適格ストックオプション(問6、要件は国税庁p5、経済産業省p8、要件p9、図解p10、日本版409Aの策定後半国税庁p1-p7)と(2)有償ストックオプション(適正な時価による新株予約権の取得、問2)これには措通29の2-1は適用されないので、所基通23~35共-9の適用になり、実務上は優先株式の売買事例も考慮せざるを得ないので、かなりハードルが高い)があいり、このいずれにも該当しないストックオプションは、税制上は、(3)非適格ストックオプションとなる(問1、問3)になることに留意したい。
第2に税制適格ストックオプション(問6)について、無償交付される新株予約権の権利行使価額(株式取得時の払込価額)は「当該ストックオプションの行使に係る1株当たりの権利行使価額は、当該新株予約権に係る契約を締結した株式会社の当該契約の締結の時における1株当たりの価額相当額以上であること。」
とされている。
一般的には改正所基通23~35共-9(パブコメ中)によるが、これは売買実例又は純資産価額ということになるが、税制適格ストックオプションのみに適用される日本版409Aたる「改正措基通29の2-1では、
- 相続税原則評価額で計算する(5/29説明会国税庁資料計算例①及び財産評価基本通達による株価算定ル-ル)
- 純資産価額を計算する場合に、会社法第108条の残余財産の分配の条項による種類株式がある場合には、これを考慮して純資産価額を計算する(同計算例②)(対応する財基通改正等は未公表)
このように税制適格ストックオプションの権利行使価額の計算を明確化したのは画期的なことで合って、措基通29の2-1は日本版米国の409Aのセーフハ-バ-ルール(FMV計算の特例)といっていいのではないか。しかしこれは、税制適格ストックオプションの行使価格計算に限り使われることに留意したい。
この結果、この新株予約権の価格算定は、会計で考慮される時間的価値や売買実例はなんら考慮する必要がなく、今後は財基通と確定決算でのみ計算される。
措法29の2-1が適用される税制適格ストックオプションの要件を満たす場合、新株予約権の無償取得(無償付与=割当)であっても、株式取得の権利行使価格(行使時払込金額)は、改正措通29の2-1により、売買実例にこだわらず、付与直前期末の財基通に準拠した純資産価額(原則評価であるが、実際には純資産価額と考えられる、特例評価も考えられるようだ)
さらに実務においては、VCが会社法第108条の第1項第2号の残余財産の分配についての異なる定めがある場合の種類株がある場合が多いので(具体的には各社の謄本の記載事項による)、当該残余財産分配種類株の種類資本金等の額の合計額を実質的に負債に計上して均等分配分の純資産を計算し、優先株式数+普通株式の合計数でわって1株当たりの純資産価額を計算する。(普通株式=均等分配分の純資産価額を計算することになる追加的財基通改正があると考えられるので詳細はこれによる。)
種類株式については、平成19年の資産税課情報があり、すでに配当優先株式については、類似業種比準価額及び特例評価について別計算の実務となっている。また社債類似株式についても純資産価額計算の特例がある。これとは別に残余財産優先株式がある場合の純資産価額計算が明確にされる。
説明会資料計算例1において、普通株式のみの場合の、税制適格ストックオプションを付与する期の「直前期末のB/S(相続税評価(時価)ベース)が公開された。
計算例2において、VC保有の優先株式の残余財産優先分配額がある場合の、全株主の保有する全株式の均等分配が例示されている。
4. 国税庁Q&A問2 「税制非適格(時価有償型)の課税関係=適正な時価で購入」は実務としてあるのか
https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/230428/index.htm
この問いは誤解をあたえる問題をはらんでいる。適正な時価で購入する場合の計算については、所基通23~35共-9によるが、この通達は株式について規定しているので、新株予約権の時価について記載されたものは、当局にはない。
つまり、新株予約権をなんらかの計算モデルによる価額が時価であると計算されても、当該新株予約権の時価は第3者間の取引に実際に採用される場合は、公正な時価といえるが、日本ではほぼ第3者間取引時価はない。米国409Aでは、オプションが容易に「算定可能な市場価額」=RAFMV(readily ascertainable fair market value 吉永康樹 米国内国歳入法83条と409A条にみる「権利失効の実質的危険」横浜国立大学 2019)という。
また、日本での発行事例における公正価値評価の問題点として、「各算定人がどのように業績条件を組み込んだのかは、各算定人が独自に開発した価格算定モデルの条件に依拠して計算するほかなく、その内容は、外部からは全くのブラックボックスである。」として、「現行実務の有償ストック・オプションの公正価値評価は、会計上の公正価値評価とは異なるもであり、結果としてストック・オプション費用過少計上の問題を引き起こしているが、今回その点に関しては、実務対応報告案により、一定の解決を見ている」(公認会計士 岩田悦之 予約権評価のブラックボックス問題第3回有償ストックオプション評価:会計基準上の問題点 企業会計 2017 No.12 中央経済社)
客観的に企業型で、企業報酬類似型である場合で実質的に役職員への有利発行とみられる場合は、上記のような適正な時価(計算条件が公開され、適正性について再評価できる)でない限り、事実認定として今回のように給与所得として認識される場合もあるという問題があり、適正な新株予約権の時価発行としてこの役職員が新株予約権を時価で購入できるという問2の図は、日本の現状では、滅多にない事例である。
予定される財基通及び今回の所基通及び措基通改正(日本版409A)において記載されたのは、新株予約権付与時において将来の株式の購入価額が、無償交付である税制適格ストックオプションの場合は、付与直前期の決算に基づき、財基通に準拠して株式の価額を算定し、それをもって、将来の権利行使時の株式の購入価額としていいということになった。この場合、この権利行使価額と権利行使時上場株式等の時価との差額は譲渡所得となる。なお財基通には新株予約権の評価はない。
なお問5 「税制非適格ストックオプションを行使して取得した株式の価額」
おいて、税制非適格ストックオプションを行使して株式を取得した場合の、給与所得の収入金額=株式の取得価額が説明されている。
これは、当該行使時期が上場前であるか上場後であるかによって大きく違う。
上場後行使は、行使日終値となります。(この場合、企業の源泉所得税の納付と個人の確定申告の問題がありますが、これは上場前行使も同じですが、価額は異なります。)
上場前行使は、改正後所基通23~35共-9により、売買事例を考慮した直前期末の純資産価額等で計算できることなりました
またそもそも未行使の場合は、取りやめても、なんらの課税関係がないことも明確化されました。
この場合は、当該信託型新株予約権は消却し、改めて税制適格ストックオプションを企画されたほうがいいと思う。
すでに令和5年改正で、権利行使期間は10年から15年に延長されています。(経済産業省p10)
付与決議からの2年間の制約について、令和6年改正で撤廃される見込みである。(日本経済新聞6月3日)
税制適格ストックオプションには、VCから実務上の制約として、10%の制限があるようだ。仮にVCからの制約等がなければ、税制適格ストックオプションは、税制上1回きりという制限はない、つまり何度でも企画できる。問題は既存株主の希薄化にどう対応するかという問題が残される。
「
つまり税制適格ストックオプションを何度でもやりたい場合、米国では創業株主によって希薄化ができるようだ。
日本では、従業員に、創業者が柔軟に株式を配ることには税制上の制約がある。
税制改正への提案であるが、税制適格オプションで取得する株式である自己株式を提供するための、創業株主からの無償の自己株式については、現行法令では、所得税法59条によりみなし譲渡課税が課されるが、これを無税とすれば、希薄化をおそれず、米国並みのストックオプションが日本においても実現するのではないか。
参考文献
1.論説 米国内国歳入法83条と409A条にみる「権利失効の実質的危険」吉永康樹 横浜国立大学 2019
2.予約権評価のブラックボックス問題 第3回 有償ストック・オプションの評価:会計基準上の問題点 公認会計士 岩田悦之 企業会計 2017 No.12