東京高裁判決においては、40億円の預金を、持株会社に時価発行増資をして、持株会社の評価対策と預金の相続税対策を同時に実施した主観的意図が評価されました。これは「形式的整合性の軽視」と「租税回避構造の重視」という方向性を象徴するものです。以下に、この論点を踏まえて地裁・高裁それぞれの判断を整理し、今後の自社株対策における株式保有特定会社該当性の取扱いと評価方式の選定リスクについて考察いたします。


✅ 判決の比較視点:「株式保有特定会社」該当性と評価方法の取り扱い

観点 東京地裁(R7.1.17) 東京高裁(R7.6.19)
出資前の資産構成 株式保有割合:89.2% → 株式保有特定会社に該当
出資後の資産構成 約40億円の現金預金増加により株式保有割合:26.1%(※非該当)
納税者の評価方法 当初:併用方式(株式保有特定会社に該当しないとして)修正:S1+S2方式(株式保有特定会社に該当するとして)
裁判所の判断 出資後の資産構成により、特定会社の要件を形式的にクリアしていることを認めた上で、納税者が選択したs1+s2方式にも合理性があるとした(評価方法を実態に即して選定) 株式保有特定会社の該当性の変化や評価方法の整合性を正面から評価せずあくまで併用方式 vs 純資産方式の課税額比較により、6項適用を是認

🔍 高裁の判断が示す「形式より実質」への重視の傾向

高裁が納税者の修正申告(S1+S2)を無視し、当初申告(併用方式)を基礎とした理由は以下と考えられます:

  • ① 税務上の選択行為における一貫性より、節税構造全体の実質を優先
    • 高裁は「純資産価額方式で評価していれば相続税は約19億円」であることを前提とし、併用方式(10億円)との差額9.7億円を「著しい軽減」と認定。
    • これは、評価方法の形式的整合性よりも、全体としての課税回避の程度を重視した判断。
  • ② 株式保有割合の一時的な希薄化に「実質性なし」と見た可能性
    • 出資により株式保有割合が形式上26.1%に低下しても、会社の経済的実態(被相続人が支配し、現預金に特段の業務的使途なし)に照らして「特定会社でない」とするのは名目的・形式的すぎると判断された可能性。
  • ③ 納税者による評価方式の選定自体が恣意的とみなされた
    • 納税者が当初「併用方式」、次に「S1+S2方式」と有利な方式に変更して申告しているため、「評価通達の選択を節税手段として恣意的に利用している」と評価された可能性が高い。

📌 実務的含意:株式保有特定会社と評価方式選定の今後の取扱い

観点 実務対応指針
株式保有割合の操作 一時的な出資・預金増による株式保有割合の操作(=特定会社の回避)については、形式的な比率の変化では不十分。裁判所は実態を見て「特定会社該当性」を判断し得る。
評価方法の選定 評価通達上の選択肢(併用、S1+S2)であっても、「評価額の引下げを目的として後付的に選択された」場合は、通達6項により否認され得る
評価方式と資産構成の整合性 修正申告や更正の請求において評価方式を変更する場合、その根拠(資産内容、業務実態、経済合理性)を一貫して文書で整備しておくことが極めて重要。
一時的な資産移動の評価 時価発行増資で一時的に資産構成を変更する場合、それが真に業務上の必要性に基づくものであるかの証明が不可欠。税務調査では「見せかけの操作」とされるリスクがある。

🎯 結論

高裁判決は、「株式保有特定会社に該当しない」とする形式的な株式保有割合の変化や、「通達の許容範囲内の評価方法選択」にとどまらず、**「税負担軽減の実態」「節税意図の明白性」**を重視して通達6項を適用した。

そのため、今後の実務では以下を重視すべきです:

  • 時価発行増資による一時的な資産構成変更で通達適用条件を満たすような設計はリスクが高い
  • 評価方法の選定とその変更には、資産構成・株式保有割合の実質との整合性を確保することが不可欠
  • 裁判所は評価方法の「選択の自由」の濫用(形式上株式保有特定会社ではないが、修正申告でs1+s2方式を採用したことを高裁は認めなかった。

「これに対し、被控訴人らは、被控訴人らが納付すべき相続税額の軽減割合
は5割未満にしかならず、所有する遺産の価値が高ければ高いほど相続税額
が高額になるのは当然のことであるから、被控訴人らの相続税の負担が著し
く軽減されることになるとはいえないと主張する。
しかし、被控訴人らが納付すべき相続税額の軽減割合が5割に満たないと
しても、軽減される相続税の額を総合的に考慮して判断すると、被控訴人ら
の相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきであり、被控訴人
らの主張は採用できない。」

「本件においては、被控訴人らの相続税の課税価格に算入さ
れる財産の価額について、評価通達の定める方法による画ー的な評価を行う
ことは、本件新株発行等のような行為をせず、又はすることのできない他の
納税者と被控訴人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負
担の公平に反するというべき事情があるということができる。」

(2025/6/19 東京高裁 同判決文は、https://willow8-tax.com/

柳谷憲司税理士事務所 

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